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企業特集 第11回 - 株式会社 東設計工房

 株式会社 東設計工房

代表取締役社長 山城 東雄


 赤瓦葺き木造屋根とコンクリートの混構造住宅の設計を30年以上手がけ、(社)日本建築家協会 沖縄支部長を二期勤めるなど、県の建築業界で活躍する、小浜島ご出身の山城東雄あずまおさん(63歳)。
平成19年に『第19回住宅月間功労者国土交通大臣賞』を、県内から初めて受賞されました。
 常に沖縄の風土・気候を意識した設計にこだわる山城さんの、設計にかける情熱をお伺いしました。

 


[ A-house ] 中城湾が一望できる住宅地に建つ
漆喰で押さえた赤瓦と琉球石灰岩が打ち放しを一層引き立てる

沖縄の風土に根ざした混構造を追及して30年
第19回住宅月間功労者国土交通大臣賞受賞


「西表で中学の頃に、校舎が木造から鉄筋に変わる時に図面を持った技師が学校に来たんです。その図面を見て感動しまして、それで建築家になろうと決めてね。沖縄工業高校の建築科を卒業して設計事務所に勤めました。昭和53年に独立したんですよ。ちょうど今年が30年目の節目の年ですね。30年間赤瓦の屋根にこだわって来ました。
 首里城は石の門や泡石の壁に木の屋根がかかっているでしょ、あれが混構造ですよ。ヨーロッパでも、石造だけれども床も屋根も木で出来ている。沖縄でも戦後の住宅はブロックの壁に木の屋根がかかってる。そういう木造屋根の赤瓦がだんだん省略化されて、コンクリートの真っ平の規格になってきた。これにあきたらず独立した時から、沖縄の伝統的な屋根のある風景にずっとこだわって来たんです。この継続が風土に根ざした建築ということで、認めてもらった(第19回住宅月間功労者国土交通大臣賞受賞)と思っています。建物だけではなく周りの環境も考えてやりますから。家というのは、緑が成長して初めていい家と言えると思います。そういう事を心がけてやっているうちに、(手がけた住宅が)浦添市の都市景観賞を、7つぐらい頂いています。
 



[ 内間市営住宅 ]
基本設計から実施設計まで携わる

 私がやった中で一番大きいのは、浦添の内間市営団地ね。これは屋根全体に赤瓦を載せてるんですね。公共施設の役割として、地域の景観に貢献するというのが一つの役割だと思うんです。木造屋根はコンクリートと比べて軽いし、熱を溜め込まない。沖縄の住宅にはよく合ってると思います。費用的もコンクリートと同じくらいで。
 混構造は、コンクリートと比べると荷重が軽くなるので、地盤が悪い所でも向いています」


 

 

伝統的な建築を文化として残す
庭と一体となった沖縄の住宅

 「外国にもだいぶ行きましたけど、その国、その地域の屋根があるんですよ。イタリアとかオーストラリアとか、暖かい、暑い国というのは大体赤瓦ですね。スペインなんか沖縄の素焼き瓦と全く似てますよ。暑い国の特徴ですね。土のせいもあるだろうし、太陽の輝きに赤がよく映えるんじゃないのかな。イタリアの山岳地方とか、フィレンツェなんかも屋根は赤で統一して、町全体が赤瓦ですよ。屋根の色、壁の色を統一して、それ以外は認めないということを国で決めて景観を維持してますね。日本だって元々は伝統的な木造に、利休ねずみというグレーの屋根がずっとあったわけでしょ。沖縄は逆で、一般に瓦が許されたのは明治以降だと言ってますね、その前は茅 葺き。明治以降赤瓦が増えて、伝統的な街並みに指定された竹富島とか離島にも残っているし、一つの伝統となって街並みが作られて来た。我々は、そのいい時代のいい物を見て、造っていけばいい。時代は移っても、沖縄のいい時のいい形を踏襲して、文化として残して伝えていく。住宅の典型的ないい見本が中村家(国指定重要文化財)ですよ。識名園などもね、あれは一般の住宅とはちょっと違いますが、これらの中に沖縄の建築のよさが隠されてるんですよ。


[ 中城の家 ]
木造小屋組現しのインテリアで
木の温もりを感じさせる


 ある人から言われた『こういう家が百年、二百年残ってるのに、なんで今の沖縄の鉄筋コンクリートは30年で建て替えるんだ』とね。これはやっぱり先人が風雨に耐える伝統的な工法、造り方をしてきたから残るわけですよね。木の選び方、組み方からすべて。床下の通風とかね、雨端柱が立って、それが冷却装置になって室内に優しい風が入り込む。輻射熱を和らげる装置が施されているんです。現代のコンクリート(建築)にも取り入れられる要素はたくさんあります。伝統的なよさと新しい建築のよさがあるわけです。昔は全部木造でしたけど、今はアルミサッシとか大きなガラスが使えるようになって、大きな開口部を作ることが出来る。開け放せば部屋の中と外が一体なるという。うちの島(小浜島)なんかは特に人が多く集まるもんですから、外にも莚を敷いたりテントを張ってね。だから、私がやる建築は大体ああいうのが多いですね」

[ 小浜の家 ]

[ 南風原の家 ]


 

一軒一軒を大事に、家は形が出来て終りじゃない
「健康で幸せに」暮らしてもらうことが目的


「独立当時に設計をした家が道路計画で立ち退きにあったんですよ。そこの人が25年前のうちの対応、仕事がとてもよかったということで建て替えでいらっしゃったり。もう一つは9年前に計画をして図面も作ったんだけど、事情があって着工しなかった家があるんです。そこは家主さんのお父さんが作った家だったんで、お母さんが、お父さんが造った建物を壊すな、と建て替えを断念してたんですね。それが9年経って老朽化して来て、お母さんがやっと建て替えに承諾して。その方はいい家があると見に行ったら、東設計工房が造った家だったんですね。それでまたいらした。私達は出来上がる建物一軒一軒が看板なんですよ。だから手は抜けないし、大事に仕事をしていく。形が出来たから終りじゃないんです。住宅はそこに住む人が、健康で幸せに暮らしてもらう、というのが私達の究極の目的なんですね。それをイメージしながら図面も描くし、現場も監理するんだ、と社員に言い続けています。また長年住んでると、住宅というのは手入れやリフォームが必要です。歳取ってきたり、生活に合わせて変えなくちゃいけない部分が出てきますから。だから私達は、会社をやめるわけにはいかない。(お客さんの)面倒をみてあげないと。(造った)家は自分の子どもみたいなもんですよね(笑)」

[ 名護の混構造住宅 ]

[ 内間の邸宅 ]


 

三線に美術鑑賞に山歩き…
感性を磨くことがいい作品造りに


「好きなことはね、仕事でしょ(笑)、ウチナーの文化を少しでも知ろうというので三線もやりますし。若い頃体を壊してね、療養中に書道もやりましたし、碁も覚えたし。落成祝いに三線持っていって、かぎやで風やります。(生まれ島の)小浜島はね、ほとんどの人が芸能やるんですよ。平田太一がいるでしょ。あの人はうちの島の後輩ですね。ま、芸能の島に生まれたお陰でね、三線はやります。あとは読書ですね。エッセイなどを読みます。私達の仕事は絶えず感性を磨くことが、いい作品を造ることに繋がるんですね。だから美術も鑑賞しながら、旅行もしますし、最近は山歩きも。去年は屋久島の縄文杉も見てきました。毎月一回はね、ヤンバルの山歩いてますよ。その時に、歩いて源河川を帰るときに見かけたセメント瓦の家がとてもスマートに見えました。華美にならずに自然に佇んでいる。ヤンバルの山の中にはセメント瓦よく合います」


沖縄のアイデンティティーを生かした
長く受け継がれる建築を目指して


「沖縄らしさというものを常に考えるわけです。沖縄のアイデンティティーをどう形に生かしていくかっていうのが我々の仕事なんですね。ファッションは流行りすたりがあるけれど、建築は長く保たせる。人が生活をする場ですから、時代がどんなに変わっても、『いい物はいい』と言われる建築を目指しているわけです。


[ 金城村家(かなぐすくむらや) ]

 沖縄は戦後いろいろ変わってきたから、残ってほしい、という建築はそう無いですよね。明治時代のいい建築は、保存運動が起きているでしょ。自分がやる仕事も、保存出来るような建築になりたいな、と思っているんです(笑)。受け継がれるような住宅を造りたい。公共施設についても、赤瓦屋根を出来るだけ生かすようにしているんですね。市の、ごみ焼却炉の隣に出来たリサイクルプラザも赤瓦を載せてます。渡嘉敷港のターミナルとか、浦添の図書館、那覇市金城町の村家などね。今の仕事の割合は、公共施設、商業建築、住宅とそれぞれ1/3のバランスです」
 

[ 心療内科 赤瓦葺き ]
自然や環境に溶け込むように建てた

[ 泡瀬の住宅 ]
 


 



 

常に追求し続ける「ネクストワン」
好きな建築家は・フランク・ロイド・ライト


「工夫しないといかん部分はたくさんありますよ。これで終りと言うのはないですね。チャップリンが『傑作は?』と聞かれた時に『ネクストワン』と言ったんです(笑)、いつもそのつもりで一生懸命やるし、お客さんの生活観とかスタイルから学ぶことも多いんです。私の好きな建築家に有名なフランク・ロイド・ライトという人がいます。非常に日本びいきでね、帝国ホテルなど日本でも設計をして(その建物が)今でも残ってましてね。彼は木の扱い方が非常にうまい。アメリカにありながら何となく日本的なインテリアとかね、うまく東洋と西洋、和と洋を組み合わせたデザインをしてますね。幾何学的な模様とか、今でも受けてますよね。ああいう巨匠にはなり切れないけども、近づきたいな、と思っています。建築家はね、歳を取っていい仕事が出来る、と言われてるんです。いろんな事を吸収しながら感性が磨かれていく。芸術の域に高めたいですが、まだまだ(笑)」

 

人は何のために働くのか?
座右の銘は事上磨練(じじょうまれん)


「座右の銘は事上磨練、仕事を通して人は磨かれる、と言う事です。お客さんの喜びを我が喜びとするのが我々の仕事。いい仕事をするためには、私一人じゃなくて社員が育ってもらうのが大事で、社員教育はね、セミナー受けたりしてます。それと、倫理法人会というのがありまして。倫理というのは人の道、という事ですが、文部科学省が認めている社会教育団体なんですね。県内で一千社あまりの企業が加入しています。心の経営、倫理経営と言ってますけど、精神的な面を学んで、実践して行く。技術屋である前に人としてやるべき事がたくさんありますよね。私は、技術力+人間力だと言ってます。異業種交流をしながら、そこでいろんな学びがあるんです。浦添は木曜日に西洲会館でやってますよ。私は那覇新都心倫理法人会の会長だから、それは金曜日にやってます。講師は倫理研究所からも来ますけど、民間や地域で活躍している人を呼んで、その生き方を学ぶんです。わが社の社是は、お客さんの要望以上の物を提案して、お客さんにお応えするという事。期待以上の物が出来ると、人は感動すると言われてます。だから私は感動する建築を造りたい。

 もう一つは、月刊『致知(ちち)』という雑誌があるんですが、10年前、経営で苦しんでいる時に『致知』に出会って励まされた。経営者は会社を経営する中で、何のために働くのか?と考えていくと、社員の幸せを願いながら会社をどう存続させるか、という事を考えていくわけですね。『致知』でいろんな失敗をして立ち上がった経営者とか、たくさん紹介されてるんですよ。とてもいい学びがこれで得られまして、倫理法人会でもそうですが、基本はやっぱり人ですよね。人間関係をどう円滑にしていくか。自分一人だけじゃなくて、人のために。『情けは人のためならず』という言葉がありますが、人にやっているとまた自分に戻って来るんですね。公職として浦添市の社会教育委員もしていますが、それも断ろうと思ったら断れるんですよ。でも引き受けて、その役割をしっかり果たす。生涯現役のつもりで」

ギャラリー&サロンしびらんかを開設


東設計工房には、ギャラリーしびらんかも開設されています。しびらんかとは本来は「紫微鑾駕」と書き、沖縄に古くから伝わる習慣で、住宅の屋根の一番高い部分にとりつける、家に福をもたらす護符のこと。ギャラリーでは、国土交通大臣表彰受賞記念で、これまで東設計が手がけた混構造の住宅設計展を開催中です。


 



「画家は展示会やるじゃない。建築家はなかなか展示会できないから、ギャラリー作ったんです(笑)。定期的にいろんなイベントをやっています。浦添の民間のギャラリーとして、地域の文化関係者、芸術関係者の発表の場に利用して頂きたいと思っています」。


確かに、実際の住宅を見て回るのは大変な事です。東設計工房の素晴らしい住宅のパネルや模型などをまとめて見ることができるギャラリーは、大変いいアイデアです。また、浦添近辺で展示会場を探されているアーティストの方は、お問い合わせてみてはいかがですか?
 




 

最後に「ビジネス・モールうらそえ」についてお聞きしました


「読んでますよ。警察情報で犯罪発生率が減ったそうですね。また浦添の歴史背景の解る動画もいいし、学校関係の情報などはとても良いと思います。これから更に、いろいろなジャンルの企業が加わることで、より浦添市に必要な、なくてはならないポータルサイトになると思いますよ。」

 

 

株式会社 東設計工房 (あずませっけいこうぼう)
■住所 浦添市伊祖1-4-12
■電話番号 098-877-1962
■企業情報 企業情報ページはこちらから
■URL 企業ホームページはこちらから
 

東設計工房のシンボルマークは、琉球最高の聖域である斎場御嶽(せーふぁうたき)をモチーフとしています。

 

東設計工房

沖縄県・知念城跡 斎場御嶽

 

巨岩をザックリとオノで断ち切ったような、おなじみの自然の造形。鋭角三角形の洞門。斎場御嶽を象徴する岩山で、神の造形とでもいうにふさわしい、ダイナミックで神秘的な光景。奥はポッカリと、光を溜めた小さな空間。これまた、いかにも神が降り立ちそうな雰囲気。「三庫理」の拝みはここで行う。

 

ギャラリー&サロンしびらんか
■利用時間 利用時間10:00〜22:00
■休館日 旧盆・12月25日〜1月10日
■申し込み・問合せ先 東設計工房 098-897-1962(山城)

 

掲載:2007/12/28

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